feather father

「ねえお父さん。仕事をすることに何か意味ってあるの?」
娘は遠くを見つめながら、まるで腹話術師のように小さく口を開く。
埃舞い、風が吹くこの街では、マスクをつけるのか、それとも腹話術師になるか。
そのどちらかだった。
故にこの街の光景を初めて見た人間は、なんとも奇妙な街だと思うだろう。
ともかく、俺は娘の質問に答える。
「ああ、金がもらえるな」
俺も奇妙な街の風習に習い、小さく嘴を開ける。
紐をかける耳もなく、嘴が邪魔でマスクのつけられない俺は、こうする以外ない……。
「……お金ね。私としては、そんなものに意味があるなんて思えないんだよ。紙に数字が印刷してあるだけ……その物自体には価値がなくて、数字に価値を見出してる。つまるところ人類全員で『数字に価値がある』って勘違いの共有をして、そのやり取りをしてるだけじゃない」
「そうだな、だからその価値は自分で決めるのさ。金があれば、気まぐれで娘にモヒートをおごり、こうして話をすることができる。それがまあ、俺にとっては何よりも価値のある時間……価値のある金の使い方だ」
俺は片方の翼を広げ、かしずくように頭を下げた。その動きが面白かったのか、彼女は口角を軽くあげる。
「でも、会社なんてがんじがらめの場所じゃない。ネクタイは首輪……まるで鳥かごの中みたい」
「まあそうだな。だが俺はこの鳥かごが気に入っている。空を飛ぶ鳥は、雨風の中でも羽ばたきをやめることを許されず、地に足を付けた鳥は、外敵からいつも狙われている。だが鳥かごの中は安全だ。それは俺を閉じ込める為のモノじゃあない……中の鳥を守るためのものさ」
「なるほど、そういう考え方もあるんだね」
娘はひどく疲れた顔で遠くを眺める。俺はこの瞳を知っている……自分の知らない場所を、自分の限界を超えた場所を想う目だ。
「この家を……この街を出ていくのか?」
「そんな……お父さんを残して、ここを出ていくなんて……そんな親不孝なことはできないよ。友達や、近所の人もそう言ってるし」
「鳩に三枝の礼ありという諺がある。鳩は親の三つ下の枝にとまり、孝行をするということだな。鳩にでもできるから人にもできるということらしい。だが俺から言わせれば、人は鳩ではない……人の意見に惑わされるな」
「惑わされるな……?」
「ああ、雁がたてば鳩もたつ……という諺がある。渡り鳥である鴈に習っても、鳩はそれほど飛ぶことはできない。他人のマネをすることはない……キミはキミのやり方で、飛べばいい」
「お父さん……」
娘の目に涙が滲んだ。俺はそれを、羽根でスッと拭ってやる。
……これから旅立つ娘。その彼女に、伝えなければならないことがある。もしかしたらそれは、もっと泣かせてしまうことになるかもしれない。
その涙で羽根が濡れ、飛べなくなってしまうかもしれない。けれど……この子の涙で地に落ちるのなら、それもいいだろう。
「一つ……言っておかなければならないことがあるんだ」
俺は、少しためらいながらも、くちばしを開いた。
「俺は……キミの本当の父親じゃないんだ……。赤の他人だ」
「え? ……あ、うん。……まあ」
娘は、困ったように目を反らした。何というか、思っていた反応と違う。
「……気付いて、いたのか?」
「うん……まあ、お父さん鳥類だし。私、人類だし……普通に違うんだろうなーって」
……賢い子だ。
「あのさ、私……どうしてお父さんに育てられてるか、聞いてもいい?」
「ああ、いいよ」
俺は、モヒートの葉っぱを軽くついばみ、くちばしを開く。
「俺は昔、この世界のことを舐めきっている、ただのひよっこだった」
「ゴメンねお父さん。そのひよっこっていうのは……リアルに雛……ということ?」
「ちがう。未熟な者という意味だ」
「ありがとう。続けて」
「生きるために悪事に手を染めたこともあった……この一帯で、俺を知らない奴はいなかったよ。まさに飛ぶ鳥を落とす勢いだった」
「お父さんの方が鳥類なのに」
「ある日、俺はしくじってな……逃げ回って、渡り鳥のような生活をつづけた。そして偶然この街の路地裏で、赤ん坊のお前を拾って、俺は生まれ変わったんだ」
「あ、お父さん……ちょっと大事な質問、いい?」
「ああ、何でも聞いてくれ」
「生まれ変わったっていうのは……何て言うかその……人間から生まれ変わったってこと? それとも、心を入れ替えたってことなの?」
「後者だ、人から生まれ変わるわけないだろ? 何でそうなる?」
「だってお父さん……人の言葉喋るし。……鳥類なのに」
「オウムだって喋るだろ?」
「オウムと同列に扱っていい喋り方じゃないでしょ? オウムはそんな知能のある喋り方しないよ?」
「それはお前……オウムに失礼じゃないか?」
「お父さん、姿形以外、ほぼ人間じゃない。それに人間みたいに仕事もしてるし……何で?」
「それはキミを育てるために、地味な仕事だけれどもコツコツと……」
「ううん、そうじゃなくて。普通鳥類は、自分の意思で仕事しないから。……できないから」
「お父さんは出来てるぞ?」
「うんうんうんうん。だから、人間じゃないのかな? って疑ってるんだよ」
「人間じゃない。俺は見ての通り……生まれついてからこの身体だ。けど人間、やろうと思ってできないことはないんだよ」
「人間じゃないって言ったばっかりで『人間やろうと思えばって』ややっこしいからやめてくれない?」
「……わかった」
「っていうか、お父さんは何の仕事してるの?」
「時計屋だが」
「すごい細かい仕事してる!」
「ちなみに、仕事の話をする時……俺の鉄板のジョークがあってな、聞きたいか?」
「親のジョークが滑った時ほどキツイものはなから、絶対外さないでほしいんだけど……大丈夫?」
「……ハードルをあげるな」
俺はコホンと咳払いをして、羽根をくちばしの下に当て、少し反り返って鳩胸を張った。
「俺は時計屋に勤めてはいるが……時間になると、飛び出してくるわけじゃないぜ?」
軽く、くちばしの端を持ち上げる。
「まあ、鳥類が時計屋にいたら、そう思われるかもね。鳩時計の中身かな? ……ってなるかもだよね」
「ジョークを解説されるのも、それなりにきつい。あとさっきから何度か言ってて、すごい気になってることがあるんだが……」
「え? なに?」
「お父さんを鳥類って呼ぶな……類で分類されると、心にくる」
「ハツの部分だね」
「お父さんの心臓を部位で呼ぶな」
「じゃあ、お父さんのことはなんて言えば……」
「せめて、可愛らしく鳥さん……とかだろ?」
これまで娘にあまり強制をしてこなかった俺だったが、初めてこんなことを言ってしまった。
お互い、別々の意見を持つ……俺も子離れの時期、娘も巣立ちの時期なのだろう。
「そっか……まあ私は、お父さんが鳥類——鳥さんでも、お父さんの娘だよ」
俺はくちばしの端を持ち上げ、軽く笑う。
「そうだな。キミはお父さんの娘だ……その翼で、どこまでも羽ばたくといい」
「それは……物理的な意味で羽ばたくということでいいの?」
「キミには物理的に無いだろ、翼!」
「いやまあ……お父さんの娘だし、ひょっとしたらって……」
「あったとしても、お父さんの翼では、遠くまではいけない。そういう翼じゃないんだ」
そう言うと、娘は不思議そうな表情を俺に向けた。
「ねえ、お父さん……今まで思ってた事あるんだ。それに今日もそう思った……。やけにさ、鳩にまつわる諺で私に話をしてくるし、時計屋ジョークも鳩時計っぽい感じだし、遠くに行く翼じゃないって言うじゃない……?」
「まあな」
娘は鏡を取り出す。
「お父さん……自分を鳩だと思ってる?」
「ああ、そうだが」
「お父さんカモメじゃない?」
「おいマジか」
鏡を見て愕然とする。
そこにはカモメが映っていた。
カモメが、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしていた。