「妄想クライシス」

  • 比古胡桃

※音声作品用のテキストデータにつきましては、作者様のご了承のもと、L-boom編集部が加筆修正を行なっております。また収録に際しまして、声優やスタッフの判断により、改変やアドリブが加えられている場合がございます。


 考え事と呼ぶには、あまりにも稚拙すぎる妄想をしながら、押し寄せてくる睡魔の波に身を任せていた。
 
 やがて鼓膜を叩く物音が、その波から私を少しだけ引き上げてくれる。
 かたい床から、足の裏に伝わってくる振動に、わずかばかり意識が覚醒する。

 とはいえ、私は寝覚めが非常に悪い。
 すぐさま、覚めかけた意識を波の合間に放り込もうと、くだらない妄想の続きを描いた。

 誰だって一度はするであろう妄想。
 舞台はここ、授業中の教室。
 今のように、ぼーっと居眠りをしていると、突如として教室に、武装した男たちが殴り込んでくる。
 あまりの突然の事に、誰もが混乱と恐怖に飲み込まれる中、一人居眠りをしていた私は、最後に声をかけられる。

『おい、お前、起きろ!』

 ゆっくりと身体を起こして周りを見渡すと、クラスメイト全員が教室の後ろに立たされていた。
 その様子を見ても、私は一切動じない。

 何故ならば、私は目立たない生徒を装ってはいるが、実は特殊な訓練を積んだエージェントなのだ。
 この程度で動揺していては、エージェントは務まらない。 
 眠たげな表情はそのままに、私はゆっくりと立ち上がる。

「あなた、拳銃を握るのは初めてですか?」

 私は静かに、先生に話しかけるかのような気軽さで、テロリストの男に話しかけた。

  「なんだ、テメェ!?」

 苛立たしげに、見せつけるように拳銃を突きつけてくる男。
 後ろから聞こえてくる女子生徒の悲鳴。
 しかし、私はそこで微笑みを浮かべる。

「ふふっ、手が震えていますよ?」

「なんだと!? 何を言ってやッ……!?」

 一瞬、気を逸らした男の爪先……小指を思い切り、踵で叩き潰した。
 同時に、男が持ってる銃を手の上から握り、銃口が相手へと向くようにすることで、引き金を引かせない。

 さらに男の手を握ったまま、今度は外側へ捻る力を強める。
 足の小指を踏み砕かれた痛みで、踏ん張ることのできない男は、そのまま教室の床へと倒れこんだ。
 流れるような動作で銃を奪った私は、倒れこむ男に銃口を向けて、クールに言い放つ。

「freeze(フリーズ)」

 先ほどとは別の静けさが、教室内を支配した。
 私は満足感を覚えながらも、冷静さを乱さないままに、周囲を見渡す。

 男のつま先を踏みつぶした踵から、ジクジクとした痛みが伝わってきた。
 銃を持つ腕は、ズシリと重い。
 筋力があるとは言えない私には、その状態を維持するのはかなりキツかった。
 いつにもましてリアリティのある夢だ。
 普段の妄想では、どんなに大きな銃だって、軽々と構えていることができるのに。

(これって、まさか)

 嘘だろう、ありえないと、内心で何度も繰り返す。
 静かに、ゆっくりと、唇を目立たないように噛んでみる。
(いたっ……)

 痛覚はこれ以上ないほどに機能していて、夢から目が醒めることはなかった。
 それもそのはず。
 そもそも起きているのだから。

「てめぇっ、上等じゃねえか!」

 男の一人が、こちらへ刃物を向けながら、声を荒らげた。
 これが夢ではないと理解した瞬間、背中からぶわりと汗が噴き出してくる。

 寝ぼけていた思考回路は一瞬で起動し、フルスロットルで回転する。
 いったい、どこからが妄想だったのか……
 すぐ足元では、両手を頭の後ろで組んだテロリストの男が倒れている。

 いやいや、どうするのこれ。
 今さら銃を返して、『寝ぼけてました、すみません』とか言って、他のクラスメイトと同じように扱ってもらえる?

 ムリムリムリ。
 ここまでやって、タダで済むわけがない。
 それにしても、インターネットで調べただけのなんちゃって護身術がこうも上手くいくなんて。
 格好良かったからと、脳内でイメージトレーニングを繰り返していただけの、付け焼き刃とも言えないレベルの護身術なのに。
 合気道でいうところの、小手返し(こてがえし)という技が見事に炸裂してしまったようだ。

 運動神経も良くないし、争いごとなんてせいぜい弟と喧嘩をするくらいが限界の私が、武装したテロリストの爪先をためらいなく踏み砕くなんて、絶対にできっこない。
 ……のだけれど、寝惚けていて、妄想の中だと勘違いしていた私に、ブレーキなんて存在していなかった。
 その結果がこれだ。

 どうするべきかを出来のよくない頭で、絞り出した答え。
 それは……

「はあ……私に対して、こんな素人を差し向けるなんて……まったく、舐められたものですね」

 アクセル全開フルスロットル。
 ブレーキを踏むには遅すぎるというのであれば、もうアクセルをベタ踏みして走り抜けるしかない、という判断だった。

「なっ……どういうことだっ!」

 クラスメイトはもちろん、テロリストたちも混乱して取り乱している。
 もっとも混乱しているのは間違いなく私だが、次に言うべきセリフはすらすらと思いつくのであった。

「あら? てっきり、私を殺しに来たのかと思ったのですが」

 そんなわけがない。だって、私はただの女学生だ。
 クラスメイトからの遊びの誘いを面倒くさいという理由で断っていたら、いつのまにか友達が少なくなっていたという、ありがちなスクールカースト下位の生徒にすぎない。
 好物はハンバーグで、趣味といえるものは妄想くらいしかない。

「てめぇが何処のどいつか知らねえが、こいつらがどうなってもいいのか!?」

 男のうちの一人が、刃物をクラスメイトに向けた。

「フリーズ……動くなと、そう言ったはずですが」

 私が銃口を向けると、刃物を持った男の動きが止まった。
 運がいいのか悪いのか、銃を持っていたのは最初の一人だけだったようだ。

「銃をこちらに渡せ!」

 男の一人が、顔を真っ赤にして私を睨みつけながら叫ぶ。

「応じるとでも?」

 床に伏している男に銃口を向けて、男たちを牽制する。

(ここからどうすればいいの……!?)

 今のところ、ハッタリが通用しているからいいものの、このままの状況が続けば、妄想癖をこじらせた「ただのバカ」だとバレるのも時間の問題だ。
 かといって無茶を続けて、クラスメイトたちを危険にさらすわけにもいかない。
 どうするべきか、何を言うべきかを全力で考えた結果が、

「それにしても、今日はいい天気ね」

 天気の話題だった。
 初デートの中学生だって、もう少しマシな言葉を選ぶだろう。

 私はゆっくりと、窓際へ進んでいく。
 余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)と、散歩でもするかのような足取りで。
 ガラリと思い切り窓を開く。逃げ出そうにも、あいにくと此処は四階だ。

「ど、どういうつもりだ……!」

 男にそう問われるけれど、答えない。
 正直に『思わせぶりな態度で、時間稼ぎをしているだけです』なんて答えられるわけがない。

「さぁ……少なくとも私は、どうするつもりもないのだけれど」

 思わせぶりに答える。
 このあと、どうすればいいのかをぐるぐると考えていると、体の横を黒い影が駆け抜けた。
 みるからに特殊部隊といった装備の人たちが、教室内へと飛び込んできたのだ。

「動くなッ!! 武器を捨て、床に伏せろ」

 そこからは一瞬だった。
 狼狽えるテロリストたちを、目にも留まらぬ早業で地面へと組み伏せ、制圧する。
 非日常に次ぐ非日常に、混乱を極めていた私は、ゆっくりと特殊部隊の男性に近寄った。

「ふふっ、お勤めご苦労様です」

 そして、やり過ぎなくらいに思わせぶりな態度で、持っていた銃を手渡す。
 そのままの流れで、教室を後にする。家に帰るかのような気軽さで。

「君は……一体、何者なんだ」

 教室の扉を出る直前、背中からかけられた声に、私は立ち止まる。

「……ただのしがない学生ですよ」
 それが、今日の私の最初で最後の本当の言葉だった。