「ライフクエスト」

  • 遥乎あお

※音声作品用のテキストデータにつきましては、作者様のご了承のもと、L-boom編集部が加筆修正を行なっております。また収録に際しまして、声優やスタッフの判断により、改変やアドリブが加えられている場合がございます。


『ゲームブック』というものを知っているだろうか。

 1 右の道を行く 86ページへ
 2 左の道を行く 125ページへ

 などと選択肢が書かれた書物のことだ。
 普通の書物なら一ページを読み終えれば、また次のページへと進むが、ゲームブックでは指定されたページまで一気に進めなければならない。
 上の例でいうなら、『右の道を行く』を選んだなら86ページまで飛び、『左の道を行く』を選んだなら125ページまで飛ぶ。
 飛んだ先にはまた似たような選択肢が出てきて。同じことを繰り返していく。
 また、普通の本ならば、ページをめくっていって、最後のページを読み終えれば読了となるが、ゲームブックの場合、道中敵と戦ったりして、負けるとゲームオーバーなんてこともある。そうなったら、最初からやり直しだ。
 ゲームブックの読了条件は、ゲームクリアすること。まさにゲームのような書物なので、ゲームブックと呼ばれているというわけだ。

 そんなゲームブックに、四条(しじょう) 音(おと)哉(や)という少年ははまっていた。
 音哉の通う小学校の図書館にはゲームブックが何故か置いてあって、音哉は次々と借りてはプレイした。
 音哉のゲームブック好きは中学になっても、高校になっても変わらなかった。
 問題は、そこまでくると、もうほとんどのゲームブックをやり尽くしてしまっているということだった。
 だから、音哉が、古本屋でとある一冊のゲームブックを見つけた時、ひどく興味をひかれた。
「ライフクエスト……ねえ? 聞いたことないゲームブックだな」
 それは表紙と背表紙にタイトルが記載されているだけのシンプルな装丁だった。
 ゲームブックの情報集めを毎日欠かさず行っている音哉でさえ、まったく見たことも聞いたこともない本だった。
 音哉は吸い寄せられるように、その本を手に取り、ページを捲った。
「なんだ……? 中身は何も書かれていないぞ?ミスプリか?」
 すると、どこから声が聞こえた。

『始まりのクエスト――《汝に祝福を》が発生しました。現所持者をマスターとして登録します』

「は?」
 それは機械染みた音声で、突然脳内に響いた。
 思わず周りを見渡したが、誰もいない。
 遠くのレジに、おばさんがいるが、おばさんの声ではない。
 気のせいかと音哉は思った。
 再び手元の本へと視線を向けると、先ほどまで白紙だった1ページ目に、先ほど脳内で響いた声と同じ内容の文面が記載されていた。
 薄気味悪いものを感じた音哉は、本を棚に戻そうとした。

『チュートリアルクエスト――《ライフクエストを購入せよ》が発生しました』

 またも脳内に声が響いたかと思うと、戻したはずの本が、いつの間にか手の中にあった。
 何度か戻そうと試みたが、戻したはずの本は決まって、音哉の手元に戻って来た。
 音哉は諦めてその本を購入することにした。

『クエスト達成です。報酬としてライフクエストを入手しました』

 と頭の中で響き、音哉は思わず、くそっ、と声を漏らした。

 その後も、何度か本を捨てようと試みた。
 ゴミ箱に捨てれば、リビングに置いてあり、そのまま無視して自分の部屋に入ると、机の上に置いてあった。

 そんな訳で、翌日、学校にこの本を持っていく羽目になった。
 昼休みの間、一体この本は何なのだろう、と音哉は考えた。
 いくら捨てようとしても、戻って来てしまう。
(呪われたアイテムか何かなのだろうか?)
 人形か何かで、似たような話を聞いたことがあった。
 魂の宿った人形が、独りでに歩き出して、持ち主の元へ戻って来るのだ。
 人形を大切にしなかった持ち主の元に復讐するために。
 ――しかし、この本は手放せないというだけで、これといって実害はない。
(いや、あるか)
 音哉は、《ライフクエストを購入せよ》というメッセージを思い出した。
 それは、班決めの最中に起こった。

『クエスト――《ハブられる》が発生しました。すぐに班(パーティ)を組んでください』

 周りを見てみれば、次々と班が決まっていっている。
 このままでは、音哉はどの班からもあぶれてしまいそうだった。
 そんなとき、一人のクラスメイト女子が音哉を見ていることに気づいた。

『小鳥遊(たかなし)が仲間になりたそうにこちらを見ている。仲間にしますか?』
 小鳥遊は物静かな印象の女子で、少なくとも音哉の記憶では一度も言葉を交わしたことがなかった。
 この本がなければ、一度も話しかけようとすら思わなかっただろう。
「あー、余ってんなら班組む?」
 音哉が声をかけると、コクコクと小鳥遊は頷いた。
『クエスト達成です。報酬として10QP(クエストポイント)を得ました』

(QPってなんだ?)
『QPとは、クエストをクリアすると付与されるポイントです。ポイントの消費に応じてマスターの願いを叶えられる範囲で叶えます』

(QPなんて、最初の時はなかったぞ?)

『あれはチュートリアルクエストですので』

(マジか……。願いを叶えられる? ってことは、QPを貯めればこの本から解放されるのか!?)
 確かに、実害はないみたいだが、日常生活でゲームをさせられているみたいで、面倒なのだ。
 早速、手に入れた10QPを消費してこの本から解放を願ってみた。

『QPが足りません』

(畜生!やっぱりそんなオチか!?だが、ポイントが足りないだけなら貯めればなんとか……なるか?)

 それから音哉はクエストをこなし、QPを貯めまくった。
 その甲斐あってか、二週間ほどで、

『現在100QP所持しています』

 という状態になった。
 しかし、未だに本から解放されていない。QPが足りないのだ。
(一体、いくらポイントが必要なんだ)
 肩を落として帰宅していると、小鳥遊の姿が見えた。
 あれ以来、小鳥遊と話す機会が増えた。
 仲間(パーティ)を組んだ影響か、何回かクエストでも関わった。
 そのうちに音哉の行動を不思議がられ、いつしか本のことを話した。
 信じて貰えないだろうなと思っていたが、小鳥遊は身を乗り出して聞いてくれた。
「一緒に攻略しようよ!」
 とまで言ってくれて、それからは、小鳥遊と一緒のクエストばかりになった。

 キキッー!
 と、唐突に、辺りに甲高いブレーキ音とステアリング音が響き渡った。
 見れば、暴走したトラックが小鳥遊目がけて走っていた。
 小鳥遊は本を読むのに夢中で、まったく気づいていない。

『クエスト――《暴走車――』

(んなこと呑気に聞いてる暇があるかよ!?)
 脳内の声を聞き飛ばし、音哉は走った。小鳥遊の手をつかむと、抱き抱えるようにして後ろに跳んだ。
 直後、歩道に突っ込んだトラックは電柱に当たって停車する。
「大丈夫か?」
「う、うん……音哉くんは?」
「平気だ」
「もしかして、これもクエスト?音哉くんの動きすごかったよ。ピューッと来たかと思ったら、サッと私のこと抱きしめて……」
「言われてみれば、日頃よりもすごい力が出たような……」

『小鳥遊沙耶(たかなしさや)を助けるために、身体強化LV二及び思考反射強化LV二を使用しました――100QP消費しました』

「って、勝手に消費するな!」
「どうかしたの?」
「これまで貯めた100QPがパーになった」
「そっか。また貯めなおしか。でも、ありがとう」
「なんのことだ」
「助けてくれて」
「あ、ああ」

『クエスト達成。報酬として小鳥遊の笑顔を受け取りました』

 そんな音声と共に、白紙のページに一行が追加される。
 そこにはこれまでこなしてきた二週間分のクエストとその結果が記されていた。
「こうしてみると、これって音哉くんの人生って感じだよね?」
「だから、ライフクエストってか? それじゃあ、いつまでたってもこの本を手放せないだろう?」
「それもそうだね」
「笑い事じゃないんだが?」

『クエスト達成。報酬として小鳥遊の笑顔を――』

「それはいいから、ポイントを寄こせ!」
「まあまあ、また一緒にクエストしようよ」