「VR家庭教師」

  • かぐらの

※音声作品用のテキストデータにつきましては、作者様のご了承のもと、L-boom編集部が加筆修正を行なっております。また収録に際しまして、声優やスタッフの判断により、改変やアドリブが加えられている場合がございます。


近所に住む胡桃(くるみ)姉ちゃんに、家庭教師のお願いをした。
ところが、家庭教師として紹介されてきたのは、人でさえなかった。
「本当は胡桃姉ちゃんに家庭教師やって欲しかったのになあ」
 自室で思わずでた独り言に、
「あれぇ、胡桃姉ちゃんってどなたかなあ。優くん一人っ子じゃなかったっけ?」
 と声が返ってくる。
声の主は、机の上に設置されているモニター。
 その向こうにいるのが、俺の家庭教師――バーチャル家庭教師だ。
 3Dモデルによってアニメのキャラクターのような外見をしているが、中身は人間ではない。高性能AIだという。AIが勉強を教えるようになるなんて凄い時代だ。
「お前には関係ないだろう」
「こらっ。お前じゃなくて私のことはきちんと先生と呼びなさい!」
「はいはい」
 モニターから「もう」というため息が聞こえてくる。
 AIのくせにまるで感情があるみたいだ。
「あ、わかった。同じ高校のガールフレンドでしょう?」
「違うわ! 近所の幼馴染の姉ちゃんだよ、一個上だから胡桃姉ちゃん」
「あれ~。その恥ずかしそうな反応に真っ赤になった顔。想い人ね?」
「AIのくせにいちいち人の恋路(こいじ)に口を挟むなっての! というか勉強教えろよ。来週テストなんだって」
「はいはい。超高性能AIのイズン先生が、パパっと優くんを天才にしてあげるよ!」
「前から気になってたんだけどそのイズンって名前変じゃない?」
「そうかな?」
「自分でつけたの?」
「気になるなら自分で理由を考えなさい。それも勉強のうちですよ」
といってはぐらかされたので、仕方なくググった。
北欧神話の神が元ネタらしい。なんだ、つまらん。

 翌朝、、胡桃姉ちゃんが迎えに来た。
いつも二人で一緒に登校しているのだ。
「おはよー、優くん」
「胡桃姉ちゃんもおはよー。ああ、眠い……」
「もしかして、遅くまで勉強頑張ってるのかな?」
「ああ、例の家庭教師にたっぷりと仕込まれてね」
 生身の家庭教師と違い、バーチャル家庭教師は疲れを知らないし、時間を占有することができる。
「あれ、胡桃姉ちゃんも目の下にクマができてるよ?」
「あ、これね……私もテストだし、ちょっと夜更かししちゃった」
「勉強できる人はやっぱり違うな。胡桃姉ちゃんに家庭教師やってもらえたらな」
 未練がましく言うと、
「何言ってるの。優ちゃんには、家庭教師がいるじゃないの」
「胡桃姉ちゃんに教えてもらいたくて家庭教師お願いしたのに、あんなわけのわからないAIが家に来るだなんて聞いてないよ」
「失礼ね。イズン先生はわけわかんなくなんてないのよ。きちんとした先生なんだから」
「きちんとしたね。ネットで調べても全然バーチャル家庭教師なんて情報出てこないんだけど?」
「え? そ、そう……ちょっとした知り合いの伝手でね。ま、まだ一般の市場には流通してないみたいなのよ……たぶん」
 あはは、と胡桃姉ちゃんは態とらしい笑みを浮かべた。
 怪しい。
胡桃姉ちゃんは根が正直で、嘘がつけない性格なのだ。
でも、さすがに追求するのは気が引けるので、
「ふーん、そうなんだ」
 適当に相槌を打った。
 その時、クラスの女子二人が俺たちの横を通った。俺たちのことを見ると、何事かを囁(ささや)きあった。
 毎日、登下校を共にする俺たちのことが、噂になっているのは知っていた。
 さすがに、目の前でコソコソされると、いたたまれなくなる。
「なあ胡桃姉ちゃん……一緒に登校するの止めない?」
「ええぇえええ!? なんでえ? どうして急に!?」
「急にじゃないよ。前から思ってたんだ。男女が二人で登校だなんて、恥ずかしいじゃん……」
「恥ずかしいって、小さいころからずっとこうしてきたじゃない!?」
「でも、もう俺らも高校生だしさ。近所の幼馴染ってだけじゃ一緒に登校する理由にはならないだろ……?」
「本当に、もう私とは一緒に学校に行ってくれないの?」
「あ、ああ」
「うわぁあああああん!!」
 胡桃姉ちゃんは泣きながら走って行った。
「……これでいいんだ」

「どうしよう……俺、胡桃姉ちゃんになんてことを……」
 下校時、いつもなら校門前で待っててくれる胡桃姉ちゃんが、居なかったことが思った以上に堪(こた)えた。
 家に帰るなり、VR家庭教師にそんな弱音を溢(こぼ)していた。
「ふ、ふ~ん、例のお姉さんと喧嘩しちゃったんだ。後悔、してるの?」
「……もの凄く」
「そっか。うん、それなら大丈夫、私に任せなさい!」
「お前に?」
「もう少し頼りにしてくれもいいのにぃ」
「分かったよ。で、どうすればいい? 謝ればいいのか?」
「そうね。優くんはどうしたいの? また、そのお姉さんと一緒に学校に通いたい?」
「そうだな。一緒に通いたい」
「噂されるかも知れないよ?」
「それでもいい」
「謝るのは大切なことだわ。悪いことをしたと思ってるんでしょう? その気持ちを伝えないとね」
「そっか」
「でも、ただ謝るだけじゃダメよ」
「どういうことだ?」
「幼馴染ってだけじゃ一緒に登校する理由にならないって言っちゃったんでしょう? それなら、その関係を変えなくちゃ」
「関係を変える?」
「幼馴染以上の存在になればいいのよ!」
「幼馴染み以上? ……それって恋人ってことか?!」
「それ以外になにがあるのよ。それとも、そのお姉さんのことはそこまでは好きじゃない?」
「好きだよ! ずっと昔から!」
 って、何を告白してるんだ、AI相手に。ああ、恥ずかしい……。
「そ、そう……なら、はっきりと告白しちゃいなさいよ!」
「うぅ……でも、弟にしか見えないやとか言われたらどうしよう……」
「大丈夫! 絶対、優くんのことは弟じゃなくて頼りになる優しい男の子だと思ってるから平気だよ! これ間違いない!」
「なんで、お前にそんなことわかるんだよ?」
「え? それは……優くんの家庭教師ですから」
「なんだよ、それ。……なら、ついでに告白の仕方も教えろよ」
「は? なんで私が?」
「俺の家庭教師なんだろ?」
「そんなの無理よ!」
「なんでだよ?」
「だって……優君の告白するセリフを前もって考えるなんて、そんなんじゃ全く浪漫がないじゃない!」
「ロマン……?」
「あ、ええと……、電波の受信状態が急に悪くなりました」
「は?!」
「ということで、今日はここまでです。さようなら」
「あ、ちょっと待ってよ!」
 モニターは急に暗くなった。
 まったく、肝心な時に使えない家庭教師だ。

 その晩、俺は一睡もできなかった。
 翌朝、俺の方から胡桃姉ちゃんの家を訪れた。
「お、おはよう胡桃姉ちゃん」
「おはよう優くん……」
 どことなく、気まずい空気。
 胡桃姉ちゃんに、ひどいことを言ってしまったのだから仕方がない。
 ここで勇気を出さなければ。
「あのさ、いきなりだけど俺、胡桃姉ちゃんに言いたいことがあってさ」
「な、なにかな?」
 胡桃姉ちゃんは、ぐいっと身を乗り出した。
 気のせいか、その目は期待に満ちている気がする……。
「実は俺、胡桃姉ちゃんのことが……す、すす…………す」
「す? す、の続きは?」
「す…………最近好きなものとかハマってるものとかってある?」
「ええ、そこでそれ? 仕方ないわね。最近はVR機材を使って、3Dアバターを動かしてボイチェンで人と話すのが趣味です」
「……ん? VR機材?」
 それって、まさか。
「…………胡桃姉ちゃん、昨日の夜何してたの?」
「もちろん、勉強よ」
「誰と?」
 そう聞くと、胡桃姉ちゃんはニコッと微笑んだ。
 バーチャル家庭教師の正体が、胡桃姉ちゃん?
 畜生、やられた!
 既に色々と取り返しのしかないことを言ってしまっている。
 俺は羞恥にもだえていると、ふと逆襲のアイディアが浮かんだ。
「昨日の夜、告白したよね?」
「え?」
「一緒に登校してくれるよね?」
「え、それって? 告白は?」
「それじゃあ、行こっか」
「優ちゃん、待ってよ!! 告白ぅ!! 優ちゃーん!!」